ピーターパン

 

ある暖かい春の夕方、おばあちゃん達は3歳半になる孫娘Mを連れて家の近くに散歩に行きました。その帰り道の事です。おばあちゃんは散歩に少し疲れてきた小さい孫の手を引いて、そして主人は2-3歩前を孫娘の歩調に逢うようにゆっくりと歩いていました。近所の人が可愛らしい孫娘に魅せられて、「こんにちは。」と微笑みを浮かべ挨拶をしてきます。

 

おばあちゃん達が散歩に出かけたり車に乗ったりする時は、孫娘が退屈にならないよう何かのゲームをするように普段から心がけていました。その日は孫娘が道端から短い棒を見つけ、それを剣の様に振り回し始め、彼女自身が新しいゲームを提案したのです。

 

「ピーターパンごっこしようよ。」と孫娘Mが突然立ち止まり、おばあちゃん夫婦に言いました。

 

「いいわね。誰がピーターパンになるの?」とおばあちゃんが聞きました。

 

「もちろん私よ!」と、また棒を剣のように振り回しながら答えた孫娘M。IMG 6819

 

 「それじゃあ、おばあちゃんは誰になるのかな?」と聞くと、

 

「うーんと、お祖母ちゃんはキャプテンフック。」と自分がキャプテンフックにでもなった様に小さな顎を引き、声を低くして答えました。

 

二人の会話のやり取り聞いて、先に歩いていた主人が振り返りました。そしてゆっくりと孫娘に近づき、大きな体をわざわざ彼女の目線に逢うように腰を低くして屈(かが)みこみました。その周りでは庭の手入れをしている近所の人達が孫娘Mの話す言葉を面白そうに耳をすまして聞いています。主人は孫娘の目を見入ると、こう聞きました。

 

「それじゃあ、爺ちゃんは誰かな?」

 

孫娘Mは少し首を傾けると、顎を指でつまんで考えているような仕草をしました。その仕草は彼女が何か賢い答えを探す時にするいつもの仕草です。すると急に頭の中で何かひらめいたかのように、

 

「爺ちゃん? 爺ちゃんは勿論あの可愛い妖精ティンカーベルよ。」と孫娘。

 

「ティンカーベル? ぼくはティンカーベルにはなりたくないよ。ティンカーベルはお祖母ちゃんになってもらおうよ。」と主人。

 

「駄目よ、爺ちゃん。」と孫娘。「お祖母ちゃんはキャプテンフック、爺ちゃんはティンカーベル!」

 

「でも僕はティンカーベルになりたくないよ。」と主人が3歳のMに乞いました。

 

「ティンカーベルはピーターパンの一番の友達なの。だから爺ちゃんはティンカーベル!」

 

「だけどお祖母ちゃんがティンカーベルの方がいい。」と主人。

 

「お祖母ちゃんはキャプテンフック、そして爺ちゃんはティンカーベルなの!!」と、Mは宣言しました。

 

その会話はまだ庭の手入れをしている近所の人達の前で交わされたのです。彼らにとって、身長180㎝、そして体重80㎏もある大の男が3歳の孫娘に腰をかがめて「僕はティンカーベルになりたくない。」と嘆願しているその姿は、なんと滑稽な光景であったでしょうか。